戦没者の魂の鎮魂と、ひきこもりの関係について~魂の根源カルテ⑤クセ~

 

 

~あなたの魂の起源カルテNo.5[クセ] ~

 

 

あなたは、自分がどう生きるかよりも、自分が関わる人たちにとってどのような存在となり、役割を果たせるかを考えて、生き方を決めるでしょう。 

それは、生き方が明確に決まっており、自分の生き方に迷いがないからだとも言えますが、自分が主体となり、自主性と確固たる意志をもって何かをしたいと思わないということでもあります。 

厄介なのは、あなたが関わる人たちの既成概念は、わかりやすいかたちで主体性や自分の意志を持って人生を楽しみ充実させることを、良しとすることです。 

よって、あなたは、自分の生き方や在り方を否定され、理解されず、価値を見出すことが難しいため、自分らしさを想い出しにくくなります。 

自分が関わる人たちに役割を果たすという生き方を明確に感じながらも、周りにとってはそれはとても抽象的に感じる生き方だということも理解するため、周りに応えなければならないと感じ、それ以外のものになろうと努力してしまうことになるのです。 

しかし、結果的に、その生き方にはどうしても違和感を生じます。

その違和感の中には、“世の中が自分の貴重な役割に気付きもせず、それどころか自分の生き方をまるで否定するようだ”と感じることが大きくあなたの心を占め、周りの人たち、ひいては人類に蔓延している下らない価値観に憤りを持ち、怒りをため込んでしまうことになるのです。

あなたが自分の生き方を取り戻すまでの道のりには、自分を信頼し自分の価値を想い出す作業と絡んで、人類に対する怒りが根強くあることが浮き彫りにされ、また残されてしまうのです。

その怒りを持て余したあなたは、それを時折周りに直接ぶつけることになるでしょう。

けれど周りは、その怒りはあなた自身の問題であると見たがるために、あなたはその無能さと考えの浅さに驚き、ここまで酷いものかと呆れ怒りを手放そうとします。

そうした時に起きるのは、“自分だけが物わかりよくなるだけではないか”という新たな怒りなのです。

あなたは、人類のために役割を果たしたいとしながらも、その相手である人類の無知や間の悪さ、反省のなさを、このまま放任しておいて良いものか、その役割に対してどうあるべきかがまた悩みとなるのです。

 (続く)


 

椋木和美

 

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