あなたがライトワーカーであるなら

どんな毎日をお過ごしですか?

スピリチュアルな世界を感じ自分を知ろうとする生き方に、あなたは邁進しているでしょうか。

それとも、その歩みは一旦落ち着いているように感じられ、現実に没頭しているでしょうか。

はたまた、もうそのようなことを意識する歩み方は”終わった”と感じ、次の自分の在り方を求めているでしょうか。

ひとつの道が終わったとき、より自分らしい生き方を見つけようとこれまでのように考えても、一向にその答えが見つからず、かといって新たな生き方も見えてこず、さまよいながらも動けなくなる時が来ます。

これまでの在り方でい続けることは出来ないということだけが解っており、だからといってどうすべきなのかが見えてこず、立ちすくみ、怠惰に過ごす時期があります。

焦らず間違った道にそれぬよう、その状況を打破するには、あなたが自分が求めているものをもっと強く感じ取らなくてはならないのですが、そもそもそういう時期には自分が何を求めているのかが全く見当もつかなくなります。これまで求めてきたものさえも真実だったのかと自信がなくなるのです。ただ今ある無欲さを無気力だと感じるだけであって、大きなスランプを迎えたように動きが止まってしまうのです。 

これ以上スランプである自分を感じないようにじっと動かず影を潜め、少し休憩していると、その無欲と無気力は気持ちよく身体に充満してゆき、わたしはこのまま終わりを迎え、収束してゆくのではないかと感じることもあるでしょう。それが淋しいような、それが本望のような、そうあるべきであるような気もする。

けれども一方で、その収束と同時に自分が大きく生まれ変わり、自己顕示欲も恥じらいも超越した解放感に包まれ、新しいことに挑戦し、新しい自分になってゆく大きな変わり目になるような気もするのです。

あなたはこれまでの在り方を終わり、本来すべきことに向かうのです。

あなたがライトワーカーであるなら、今世が終わるという死も、一つの段階が終わるという変化も、怖くはなくなるでしょう。

あなたの滞り、あなたが持て余す自分、すべてを心地よく感じさせてくれるよう導く、あなたが共有すべきメッセージです。

ご提供ありがとうございます。彼女はあなたと一緒に歩み、あなたを導いたり、あなたから導かれたり。わたしたちが示すかたちは多種多様ですが、向かう在り方はつねに、ひとつなのです。

和美


 

 

~メッセージレター~

 

今ここであなたのスピリチュアルな歩みにおいて感じ直すことは、尽くしすぎるあなたが、これからどう生きるか。ということなのです。

あなたは、自分を主張すること、その生き方を好みません。

あはたの生き方在り方は、他者が自己主張をすることは歓迎し、度を越えることも許します。それどころか、他者が闊達に自己主張が出来るようになるよう接しながら仕向け、育てることに生きがいを感じるのです。そのようにサポートしながらも、“わたし自身は、決して自己主張をすべきではない”と感じるのです。

あなたは、そのことに対して、何故だかかたくなに自分を変えようとはしません。前へ出てゆくことを促されても、断固として拒否するのです。時には、そのように促す者に『私に対してそれを言うな!』と厳しく怒り制するように、距離を置こうとするのです。

あなたは、自分の在り方を決めているようですが、あえて尋ねましょう。

『あなたは、これから本当に、今世の残された時間を、他者へ尽くすことで費やしますか?』

この問いかけは愚問と言えそうですが、いまあなたは、この問いかけを必要としています。

何故なら、あなたは、これまでになく彷徨っているのです。
これまでの生き方を決して後悔し否定しているのではありません。あなたは、宙に浮いたような自分の立つべき場所で走り続けることも、努力し続けることも、何故だかエネルギーがわかないのです。

その彷徨いに対してあなたは、自分の年齢ややる気のなさを理由にしようとし、もう必要とされることは少なくなり、わたしはこのまま小さくなり、もっともっと目立たないように慎ましく生きなければならないのだと思おうとするでしょう。しかし、その考えでは、どうしても楽しく生きることも、穏やかに生きることも、心が落ち着かず、さらに宙に浮いたように生きているように感じてしまうのです。

“わたしに、ほかの在り方があるのか知りたい”

それが、あなたの魂の奥底に隠された、誰かに問いかけたい想いです。
それは、あなたの心の声であり、魂が望む、一縷の望みなのです。

“わたしに、今までとは違う在り方や役割はあるのだろうか”

それを求めていいのだろうか…。その想いが、その罪悪感が、あなたを宙に浮かせたままとどまらせてしまいます。

『神がお許しいただけるのであれば、わたしは、尽くし与える生き方以外に自分を見つける方法を知りたい』とあなたは問いたい気持ちを抑えているのです。

あなたの魂の歴史は、尽くし与えることに捧げてきました。

あなたはもう尽くすことに、自分の中には何もないといえるところまで行き着きながらも、まだ愛と貢献を絞り出そうとするのです。

『いまの自分では感じることも見ることもできない愛が、わたしの中にもっとあるのではないだろうか”
『わたしがそれを持っていなくても、わたしと繋がる空間に存在する無限の愛をわたしが感じ見つけられれば、わたしはそれを誰かに渡せるようになるのではないだろうか』

あなたは、奉仕しサポートする生き方をあきらめてはならないと与え続ける道を模索するのです。

さあ、あなたにお答えしましょう。

あなたは、自由です。
あなたの生き方は、あなたの望む通りのものとなります。
あなたは、あなたの役割を誰かに委ねることが出来ます。
あなたは、あなたのこれまでの役割と同じ役割を果たせる人を育てることに、在り方を移行すべきなのです。
あなた自身が絞り出すように与えなくても良いのです。
あなたは、ただ、育てるのです。
あなたと同じことをしたいと訓練を求める魂を、あなたに引き寄せられ、あなたに触れることを許してあげましょう。

あなたががむしゃらに働き、奉仕することは終わりました。
同じ在り方は、もうどう頑張ってもできません。それが、やる気のなさと感じたとしても、あなたにとっては発展であり、あたらしいステージへの導きです。

あなたは、あなたがしてきた愛の奉仕とは何かを伝えるために、あなたの愛の奉仕を理解する魂と繋がり、教育するのです。

それが、あなたの知りたい、新しい別の在り方です。

そのために、あなたがこれまで避けてきた自己主張をしなくてはならないかもしれませんが、それはあなたのためではありません。あなたの役割のためです。

あなたが他者の自己主張を慈しみ微笑ましく感じてきたように、あなた自身にその想いを向けてあげましょう。


椋木和美

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