小林正観エピソード⑭~98点の落とし穴~

正観さんとの食事会に数回参加したことがあります。

正観さんがなくなる2年位前に食事会で話していたことを
今回のセクハラ事件のことを考えていた際に思い出しました。

 
その話と言うのが・・・

(ここから続き)
 
最近”平和”をテーマとしたシンポジウムに行ってきたのですが
ダライラマはじめ、著名な参加者たちが演説で口々にこう言った。

『平和のために、たたかいましょう』と。

それを聴いた私は、あ、ダメですね・・・。と一緒にいた人と顔を見合わせた。 

あなたはすばらしい、あなたの言ってることが素晴らしい
やってることが素晴らしいと周りが褒め、崇め立てる。
そんな悪魔のささやきをする人が寄ってくると落とし穴が用意されている・・・と。
 
そこで私が質問しました。 

【わたし】98点の落とし穴ですか?

【正観氏】はい、そうです。

ここでの正観さんの話の内容は 

人格者にも落とし穴がある。
人格が高まって、あと2点、3点で100点満点になって全然怒らないイライラしない人に
なるというときに、実は落とし穴が待っている。「なぜ、他の人はそうならないのか」と他
を責めるという落とし穴。その穴にストーンと落ちると、そこは悪魔の領域。悪魔の好む、
憎しみや怒りが生まれる。「正義感」と「使命感」は、自分の中に感じ、 自分に課して生き
ていくだけでいい。あまり振り回すと、周囲の人が迷惑し、本人自身が損をする。

という正観さんの教え。

 
【わたし】そこで悪魔のささやきをする周りの人は、魔に取り入れられているのですか?

私の愚問を聞いた正観さんは斜め左の席から私を少しにらんで

【正観氏】それをささやく周りの者に非があるわけではない。周りにスゴイスゴイと囁かれる
     環境であった、そんなことは 理由にもならない。そこで落とし穴に落ちるのは、
     全てじぶんの責任。
 
にらまれついでに質問。
 
【わたし】98点の落とし穴に落ちたときは自分で気がつくのですか?
     その落とし穴に落ちたら上がってこれるのですか??

【正観氏】そうですね、その時に運良く私の本を読んで気がつけば上がってこられるカモ
     しれませんね・・・。

それは、私の耳にはほぼ無理であろうといったニュアンスに聞こえました。 
 
まさか、そのご立派な内容の本を書かれている正観さんが
大きな落とし穴落ちていたとは・・・
やっぱり落ちたら上がるのは難しいようです。
 
そういえば、その時
明らかに正観さんの本を読んでいないであろうと思われる質問を皆の前でし、
自分の話をしたスタッフに向かい、正観さんは食事中の手を止め、睨み、
「あーなーたーねぇ、そのまま(生きて)いったら、危険ですよー」
と箸の先をスタッフを顔に向け、しゃべっている抑揚にあわせて端を動かしました・・・。
 
ここで気づけよ、わたし!苦笑い

続く・・・

  • 2012年03月18日 15:38 / Comment(2)

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  • 2012年03月19日 11:02:00

kazumi

教えが合う、合わない、もありますし、
真実を知る、知らなくてすむ、もありそうですね。

わたしの見たもの、経験で わたしの世界はつくられ、
あなたの見たもの、経験で あなたの世界ができあがります。
そこがわかれば、同じ人物に対して批判があって尊敬があってというのも
何の不思議もないですね。
批判している人も気にならないし、尊敬している人も気にならない。

ただ、批判にしても尊敬にしても、そこに本人の偽り・欺瞞・虚栄心・劣等感・自分の損得等がからんでいると大きなツケが本人にきますし、他に違和感を与えますね。
信じているものが絶対ではないと頭の片隅にあれば、冷静さは少しでも保たれます。

  • 2012年03月19日 23:54:00

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