2019年はどんな年?~あなたが4月までにやること~

時間が経ちすぎて、前回の記事内容を忘れそうですね。
 
今日2月5日は、旧暦の1月1日。旧正月はいつも、スピリチュアルな全体意識が動き、”切り替わる”と感じますので、それに合わせて今年がとのような年になるのかお伝えしてゆきましょう。
 
2019年は、新しい元号に変わる年でもあり、大きな流れが来るようにも感じられますが、2019年のキーワードは、世の中においても、個人においても、【遊ぶ】という文字が浮かんでいます。
 
【遊ぶ】というキーワードについては後ほど解説します。その前にお伝えしたいことがあります。あなたなりに【遊ぶ】という意味を感じ取っていながら、読み進めてくださいね。 
 
いま、現実の世界でも、スピリチュアルな世界でも、二極化は明らかに進んでいるでしょう。これまでに感じなかった、住む世界が違いすぎて介入できないという現象は、すでに広い範囲で感じられるのではないでしょうか。
 
二極化ということばを使うことも躊躇されるような二極化が生じます。両極端な人々が、現実の世界でもスピリチュアルな世界でも今年も拡大してゆきます。これは、2019年にもっとスピードを加速させながらあらゆる場面で広がってゆきます。
 
現実が非常に苦しく重く深刻なものとなってゆき、一気に人生が狂い始める。もちろんそれはこれまでもありましたが、その落差は大きく、範囲も広くなるのです。
 
一方の世界では、現実においてどんどん満たされ、楽になり、豊かになる世界が広がってゆきます。
 
しかし、これを悪い世界と良い世界との二極化となってゆくという単純な見方はもちろん出来ません。
 
さて、ここからが楽しいところ。
 
豊かで人生がうまくゆく世界の住民になったことで、またその先にも二極化が起こります。
 
豊かになり、社会貢献や魂の成長が著しく跳ね上がる人、一方は私利私欲や”お遊び”がひどくなり人生を楽しんでいるように見えながらも魂は目的意識を大きく見失って楽しさや満たされることへの依存症が起きるため、刺激を絶えず求め、周りから見ると危なっかしいほどに過剰な動きを取り始めるのです。
 
豊かであるかそうでないか、この現象の捉え方さえも、二極化が広がります。
 
これまでに経験することのなかったことが起きた時に、それらに対する見方や学び方が、スピリチュアルな世界を感じ取ってきた人たちとそうではない人たちとでは、予想以上の感じ方や生き方の格差となってゆくのです。
 
スピリチュアルを意識していようがいまいが、スピリチュアルな目覚めを起こそうとする人たちと、そのような意識を持たない人では、起きる現象を捉える作業が変わってくるのです。
 
自分の現実に対する捉え方だけではなく、他人の現実も捉え方が全く違ってきます。
 
豊かな人生を送っている人に対して、その現実を単純に見比べ、豊かさを手に入れられずトラブル続きの人を、馬鹿でかわいそうな人と蔑むこともあります。
 
貧しく辛い人生を歩んでいても、自分と他人の現実を見比べて、貧しさの中に大きな光と真実を見つけ、豊かで幸せそうに見える世界に闇や人間の愚かさを見抜くこともあるのです。
 
スピリチュアルな二極化は、目にしている現実への捉え方を浅いものにするのか、深いものにするのかの開きとなります。それはその後の魂の成長に大き格差をつけてゆくでしょう。
 
 しかし、意識さえ高ければそれで良いとはいえないのが、現実を生きるわたしたちの歩みなのです。
 
意識が高く気付きを得ても、やはり、現実がどうであるかによってその気付きの価値は終結するのです。
 
つまり、意識が高いばかりで現実が自分にとって思うようにならないと、魂の奥底でわだかまりを残してしまいます。
 
そのためにも、どのような現状を抱えていても、それをどう崇高に、楽天的に捉えるか、ということだけで終わることは出来ないのです。
 
2019年からの流れは、自分が体験していることをスピリチュアル的に深く解釈してゆくのは当たり前の作業となります。
 
それをいかに現実に反映させてゆくのかということが、非常に重要になってくるのです。
このことは、あなたももちろん気付いています。
 
目の前に起きていることをスピリチュアル的にはどう解釈すべきなのか、その方法は(実践はともかく)もう嫌というほど解っているのが、今のあなたなのです。きっとスピリチュアルな捉え方では、自分の今の考えを、こういさめられるだろうと解っているはずなのです。
 
あなただけに限らず、わたしたちはスピリチュアルな歩みを続け、スピリチュアルな解釈を嫌と言うほど聞いてきたはずです。もちろん、今世だけではなく。
 
わたしたちが、いま、悶々としているのは、目の前の”ままならない現実”に対してではないということに気付かなくてはなりません。
 
わたしたちは、いま、自分の歩む現実を、”いかようにすべきか”を決められずに悶々としているのです。
 
いいですか、自分の歩む現実を、”どこにすべきか”迷っているのではありませんよ。
 
”いかようにすべきか”、決められないのです。
 
いかようにすべきか、ということは、自分の手で現実をどのようにすべきかということなのです。
 
つまり、いかようにも出来るあなたであることを前提にして、いかようにもしないあなたが問題となるのです。
 
【あなたがいつまでも、自分の人生の選択が出来ないと思い込むことに、2019年からは決別しなくてはなりません。】
 
そこに対して、あーだこーだ言って、慰めて励ましてもらうことを求める人は、そろそろ、別のところに行ってくださいよということなのです。
 
わたしたちは、2018年の流れを受けて、一律で、ある状況を招いています。
 
自分の現実は自分でいかようにもなるという真実を知ってしまったということです。
 
それは、表面意識ではなく潜在意識で認識している段階の人もいるでしょうが、ほとんどの方は、しっかりと自覚しているはずです。
わたしは状況によって制限を与えられているのではないと、2018年のあなたの出来事で気付いたのです。
 
どうやらわたしは、動けるのに動かないのだ!ということに気付く作業が、2019年の1月です。(もう終わっちゃった…)
 
そして、そのことに納得するのが2月です。
 
そしてそれを腹に落とし込んでほしいのが3月なのです。
 
3月に関しては、お願いになっちゃいましたね。
 
猶予を与えられたわたしたちは、4月までに自覚するのです。
 
大らかな気持ちで、【わたしは動けるのだけれど動かないのです】と。
 
さて、では、気づいちゃったあなたは、自分で体験すべき現実をどのようにしようかと、決めなくてはならなくなったのです。
 
さあ、大変でしょう?このモヤモヤは、これまでのモヤモヤとは次元が違います。
 
これまでは、与えられたようにしか感じていなかった”ままならない条件”に、あなたはモヤモヤをすり替えることが出来たのです。
 
しかし、2019年からは、自覚していようがいまいが、自分でいかようにも出来る現実をあなたが一向にいかようにもしないことにモヤモヤするのです。
 
どこにも責任をなすりつけることは出来ませんよ。感情の処理のお付き合いしますけれど、わたしにも、無理ですよ。
  
 
もう一度おさらいです、昨年の2018年の年のテーマは、これまでにない【大きな決断】によって【人生の方向性が決まってくる】という流れをもっていました。
 
あなたは、自覚があろうがなかろうが、昨年中に自分の人生の方向性を見極めたのです。
 
その言葉を頭にたたきこんで、どうぞ今年を歩んでください。
 
やだやだ、道が解らない。決まっていない?
 
アタマカチワリ…
 
あなたは、歩みたい道はすでに決めています。
 
ですので道を探そうとするのは無駄な時間と労力を要するのはやめましょう。
 
歩みたい道は決まっている。これをいま自覚できなくても良いです。具体的にその道がみえなくてもいいです。
 
いいですか、決まっているという前提ですべてのことに臨んでください!
 
その意識を持つ、それはあなたの意識の変容をもたらします。必ずです。
 
そうすれば流れは歩みながら否応なくつきます。
 
(続きますよ~)
 
椋木和美 

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