罪を見つけ赦しを請う生き方からの解放と発展、それは魂の復活!

さあ、共有していただきたいメッセージがたまっておりますので、どんどんご紹介してゆきたいと思います!
 
 
澄み渡った深い目覚めを目の前にして、その清らかで淀みのない泉に足を踏み入れることを留まる魂がいます。今日のメッセージの提供者である彼もその性質を強く持ちます。
 
生きる意味を見失ったことで、その原因の分からない無力感や虚無感を拭おうと彷徨った彼のたましいは、懺悔することを知りました。魂は、確かに深くさぐれば、そこに罪らしきものが見えてきます。それは、魂に元々あったものではなく、彼自身の想いによって創られた罪と言っても過言ではなかったのです。彼は懺悔することで、自分の中に生まれた虚無感をはじめて拭うことが出来たのです。それだけではなく、懺悔することで虚無感の中に悟りと元よりも高貴な自分の魂を見つけることが出来たのです。
 
こうなれば、罪を自ら感じて懺悔しようとしたくなるのも当然でしょう。罪などなくても、罪をつくり、彼は懺悔することで新しい目覚めを感じさせる自分を見ることができるのです。
 
しかし、どうやら彼は、懺悔の精神によって新しい自分を感じることで自分を満たしていた場所からステージを変えたがっています。なぜって、懺悔の精神を持てば新しいクリアな自分を感じることが簡単な作業になってしまったからなのです。
 
もっと魂が慣れておらず難しいことをして、これまでに感じたことのない新しい自分を感じたいと、彼は変わりつつあるのです。
 
罪のない自分に小さな罪らしきものを掘り起こしては懺悔する。もう、懺悔したくなるような小さな罪も自分に見当たらなくなったのは、罪がなくなったのではありません。人間である限り罪の意識を完全になくすことは出来ないでしょう。そうではなく、罪を無理やり見つけてしまう自分に気付いたからです。自分はそれ以外に自分の可能性や浄化覚醒、愛や解放を感じることが出来ないのだろうかと、疑問が生じてしまったのです。彼は、懺悔を言い訳している自分に感じ始めたのです。もう、引き返すことの出来ない気付きによって、彼は新しい自分へと生まれ変わる方向へしか歩めなくなるでしょう。

 

あなたの深い共感力が、提供してくださった彼に必ず届きます。彼に導かれて 彼とともに魂を解放してゆきましょう!それはわたしたち魂の完全復活です!
 
K.Mさま、メッセージのおご提供をありがとうございました。
 
和美  
 
 

 
 
~メッセージレター~
 
 
あなたは何を、あきらめているのでしょうか。
 
あなたは、魂の奥底から、希望を感じる言葉を聞きたいと切に願い続けています。
 
あなたはその希望を感じ取れるものに引き寄せられては、その中に真実を求めることで、確かに生きる希望を見出してゆけるのです。
 
あなたから感じ取るその切なる想いを単純に希望と言うには、あまりにそれは広大であり、聖なる癒しそのものです。それは、存在する全てのものを溶かし、解く、清めの光なのです。しかし、ここではあえて、それを単なる“希望”と呼んでいます。一言では語れないながらも、あなたの魂はその希望のイメージをハッキリと持ち、関わる相手に希望のイメージを伝えようとします。その歩みは、まるで愛おしい恋人を探し求めているように切なく、永遠に出逢えないような淋しさも同時に感じているのですが、それを探し求めることであなたは生きる希望を感じることも出来るのです。
 
あなたに、あなたが大きくイメージした希望の正体を指し示すことは可能です。けれども、あなたは、その切に願っている希望との対面を、どこかで叶わないものだと感じているのです。それを見つけて対面してしまうことは達成してはならないのだとも感じているのです。
 
あなたはいったい、何をあきらめているのでしょうか。何に対してそんなにデリケートなのでしょうか。
 
あなたが魂で育てた希望へのイメージ、そしてそれへの忠誠心は、これから必ずその光で照らされている場所へと自ら導くはずです。しかし、あなたは、その一歩手前で、いつも退こうとします。まるで、その神聖なるものに自分は近付いてはならないと諌めるように。
 
よって、その真実について触れることに慎重にならざるを得ません。そして、それは、もったいつけるように、遠まわしに伝えなくてはならないのです。そのためにまず触れなくてはならないことは、あなたの魂の歴史についてです。
 
あなたの魂は、罪を背負い穢れ多き魂であったことをその感受性ゆえに悔い、そしてそれへの赦しを求めて信仰を見つけました。あなたは宗教の教えの中で、赦しを請うても良いその歩みに、自分が生きる意味を見つけ感動します。
 
それは生まれ変わっても続く、強く長い信仰心となり、自分を導く者へは強い忠誠心となり、永遠の復活を遂げるのです。
 
つまり、あなたがあきらめているように見えるそれとは、赦しを乞い懺悔しながらその光に救われつつも、決して自分は赦されてはならないと思うその陰なのです。
 
今世のあなたは、そのようなものに縛られずとも幸せを掴める生き方を手に入れる条件を与えられています。きっと今世に限らず、あなたは何度も復活を遂げては自分の幸せを生きる人生を与えられているでしょう。
 
魂の歴史はあなたの記憶にはないかもしれません。しかし、潜在意識であなたはそれをいつも感じ、救いや希望を感じるものを強く求めるために、救われず満たされない罪深き自分を自身に背負わせるのです。しかし、永遠にそれから救われ希望を渡されることを拒絶するのです。
 
あなたは、大きな罪を背負っているわけでもないのに、赦しを請う生き方の、その安心感の虜になっているのです。この習慣から、この中毒から、自分を解き放つには、一体どのような理由が必要なのかと、それを常に“希望”として捉えては探しているのです。
 
あなたの魂に、もはや幸せになることを赦されぬ深い理由(罪)などありません。それを認めるには、あなたが自分の魂の自立心を自覚するだけなのです。あなたの希望とは、自立する自分。自立することは、自由であること。自由であることは、自分の生き方を自分で見つけ、自分の足で歩むこと。
 
あなたは、何にも頼らず、自分の感じたこと、思ったことに、自分を従わせて生きる。その生き方が、あなたの愛おしい人(つまり自身の強い意志で生きる自分)なのです。
 
あなたが見つけたいのは、あなた自身なのです。あなたの自由と自立は、あなたの魂の永い永い歴史の中で得た権利であり、義務であり、大きな世界へと解き放たれる解放なのです。
 
解放は浄化、解放は覚醒、解放は溶けるような愛、解放は完全なるあなたの姿となります。
 
 
椋木和美
  • 2017年07月21日 22:10 / Comment(2)

コメントありがとうございます

K

とても美しい問いかけに胸が打たれます。奥深くに響くように。
心地良くて、愛おしい、切なくて抱きしめられているように感じます。

  • 2017年07月23日 12:20:39

Kazumi

Kさま、その感じる力で、彼の魂が永く秘めていた”切なさ”にふれていただいたようです。宇宙に抱かれるように深い共有を、ありがとうございます。

  • 2017年07月24日 21:17:19

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