【お返事レター】あなたの魂が得てきた智慧を教えてください。

前回の続き(続きが年をまたいでしまいました。申し訳ございません。)
 
近くでないのに、なぜか、近いと感じてくださっているtaeさん。前回ご依頼いただいた霊視カルテの約1年後に、今回ご提供いただいたお返事レターを申し込んでいただきました。
  
前回メールでやり取りをしたときに、わたしと時々このようにメールをしてもよいですかと聞かれましたが、やんわりとお断りいたしました。理由は明白にありましたが彼女にはそれは伝えませんでした。それは、彼女はただ一人に想いを吐き出すためにこれまで生きて、今の感情を持った訳ではないからです。わたしや誰かに吐き出したくなるその想いを悶絶しながらもためて、それを彼女の想いを綴るエネルギー(つまり祈り、救い、癒すエネルギー)に転換していただきたかったのです。
 
わたしのメールセミナーでもそうですが、わたしとのメールのやり取りで感情を吐き出すことは、個別のプログラムの際以外は完全に止めてもらっています。誰かに小出しにした言葉は、吐き出す者の本質的な想いや性質を大きく変えることがよく起きます。解ってくれると感じると、時にはその吐き出す言葉は、哀しみを深くさせ(=自分を被害者だと感じ、自分を憐れむ)、せっかくの自己浄化を自分が被害者だという想いによって、不満ばかりの図太い弱者へと自分を肥大化させます。今の自分に満足してしまうのです。そうはさせるか、ってとこなのですが。
 
あなたの想いは、個人へ向けて吐き出すためにあるのではなく、それをためることによって本来のあなたの美しい想い、優しい希望に満ちた言葉、強くたくましい自分を表すものにして欲しいのです。
 

taeさんの才能は、≪手紙を書くこと、誰かの代わりに書類を作ること。訴えかける力。これは、前世で経験を積んだ能力。生かそうと思えば、すぐに才能は開花する。≫のです。しかし、彼女の魂のクセで≪自分の強い意志と、強い理念と、思想と知識があっても、それを発揮させることに躊躇する≫のです。

しかし、今世のテーマにあるように、彼女は繰り返される転生の中で周りをサポートし続けてきた経験をいかし、魂を発展させるために今世こそ、自分の能力、自分の得た経験、魂が見てきてものを表現したくて魂はうずうずしているのです。

その方法は、まず導きたい人々の前に立つことです。おそらく、前世の経験で彼女は、自分の想いを訴えることを許されない人たちをサポートしてきたゆえに、想いを表に立って伝えることの怖さと、そうした時の理不尽な反応を見てきたせいで、ご自身のブログさえ恐れを感じてしまうのでしょう。しかし、表に立って伝えることの怖さを知っているということは、それをしていた勇敢な指導者の訴える力の大きさと、存在の大きさを良く知っているとも言えるのです。それは、自分の想いを伝えることの責任の重さを痛いほど知っている魂であることを指しています。

前世のようにひっそりと、多くの人に存在を気付かれぬまま誰かの力になろうとすれば、そうではない。と何かが反応としてくるかもしれません。

彼女は人々にふれあい、表に出て、その顔、その声、その全てを知ったオーラを見せ、苦しみを乗り越えあきらめなかった人たちの想いとともにこれから歩むのです。

彼女とともにある、前世で関わった大勢の人たちの、凛とした強さと温かさとともに助け合う心は、その貧しさと、理不尽な仕打ちなどなかったことのように美しい魂に育っています。彼らがいつも彼女を応援しています。そう、賛美歌をバックで歌いながら。

 

前世で深くかかわった人たちも、通称”守護霊さま”と言われるものの一部だと思ってください。あなたにも、前世で関わった人が守護霊様の一部としてあなたにいつも問いかけ、慰め応援し、あなたを守り続けているのです。

 

taeさんはブログを始めました。彼女を感じて見てください。彼女は、前世で関わり衝撃を受けた人と同じように生きようと決めた自分の使命に生きようとしているのです。そして、同じように自分の使命に躊躇する魂を刺激するでしょう。彼女のカルテの今世のテーマは、つまり、彼女が他へ示したい生き方なのです。

≪どんな小さな場所からでも構わない。どんなに少ない人たちに対してでも構わない。明朗快活である必要はなく、雄弁である必要もない。ただ、自分に今世与えられた個性そのままで魂が見てきた智慧を表現すべきなのです。自分らしさとは、わざとらしさのなく、謙虚さを忘れず、温かみのある、そして、相手の人生を自分の人生の様に感じられる神のような包容力。≫だと。

彼女はこのブログでメッセージを綴ることで、自分の中に眠っている魂の智慧(それは関わってきた全ての魂の想いであり智慧)を生かす基盤を創り上げるでしょう。書き綴ることでtaeさんが魂の記憶を想い出すことと感じております。taeさんが記憶にとどめたすべての”愛”を多くの方に分け与える作業が本格的に始まります。

 

 『まだまだ自分に禁じでいることがいくつか私にはあるようで、その封印をといていきたいと思います。』

そんなtaeさんを、わたしたちが使命を想い出すことで後押ししませんか!?

 

お返事レターを共有させていただき、心より感謝いたします。

 


【ご質問】
 
去年の今頃、はじめてお世話になったtaeです。あっという間に1年が過ぎてしまいましたね。お元気ですか?和美さんのブログの内容と、私が感じたこと、偶然だけど同時期だったりして、リンクしている時があるように思っていました。おかげさまで1年前よりずいぶんと私も生きやすくなりました。周りに影響されることもずいぶん少なくなりました。
でも、やはり、自分が弱いのか、自分のやるべきことに集中できずに、いつも余計なことばかり(例えば、さっき会った人のことをずっと考えたり、どうでもいい他人のことばかり考えるなど)の空想を頭の中で行う作業をしてしまいます。それがただのとりこし愚弄に終わることなのに、どうしてもその癖がとまらないのですが、これは一体なんなのか知りたいと思います。
 
自分に集中したいのですが(和美さんから頂いたカルテにあったように自分のために生きたい。という意)この癖が治らないことには・・・。と思っています。が、治らないのです。(いろんな心理学の本なども読んだりしたのですが、納得いく答えがみつかりません)この空想?が始まると自分の世界に入ってしまい、家族がそばにいても、家族を一番に思えず、軽くあしらってしまい、いつも、家族には悪いなーと感じています。自分の家族をこんなにも大事で愛していると思っているのに、態度ではさらっと冷たくしている自分が嫌です、どうしたら愛情を温かく表現できるのでしょうか?(家族と話すのがめんどくさいと感じてしまう、心とは裏腹な態度が、、自分でもなんともいえません。。)
私の今世の最大の課題だと思います。

私に必要なメッセージをいただけませんか?来年の自分へのメッセージとしたいと思います。

せっかく、愛することの素晴らしさを実感し始め、生きているというは愛であるということが理解できたのに残念です。また、私は一人でいる時間が好きなくせに、一人でいると寂しく、誰かと時間を過ごしたいと思うのですが、グループでのおつきあいが苦手で、人から誘われないと、人とのつきあいを好まなくなってしまいました。ほかの人たちがワイワイとしているのがうらやましいのに、それができず、その仲間に入れないのは、自分が嫌われているのかな?とか考えると、今後、どう人と接していいのかわからなくなったりします。つるみたいタイプのリーダーになるような人からは、私は好かれないのか、お誘いがないので、自分たちだけぬかされてるような孤独感を時々感じるのですが、これは、私の醸し出す雰囲気が悪いのかな?!と悩んでしまいます。なんとなく、日本人社会が難しいなと感じてしまいます。(もちろん親しい友人はいるので問題ないですが)ずっと迷っていましたが、自分の持っている力、全てをこの世に送りだし、自分らしく生きていこうと思っています。これまでの自分ではなく、素の自分にと思う感情がとても強い今の私です。

よろしくお願い申し上げます。 

 
 

【お返事レター】 

 

あなたが、自分のことだけを考えなくてはならないのに自分に集中できない、と感じている理由は、あなたが“自分のことだけなんて考えたくはない”“ただ楽しく前向きなことだけなんて考えたくはない”と思っているからです。

 

あなたが自分のことだけを考えることが出来ず、それを面白くないと思う理由は、自分は完璧だと思っているからなのです。完璧な自分の為に一体何をすればいいのかと。

 

今のあなたにとって大切なことは、とても大きな役割として、周りの人たちに自分が何をしてあげられるかということです。自分の感受性や想いのたけをどうやって周りに伝え、愛と光を指し示せるかということです。

 

あなたは自分に集中することを、自分の事だけを考えて、周りを考えないことと認識しています。“自分に集中しなければ”、そう思いつつもあなたは、自分の為に何かをするということは必要としていないこと気付いたのです。

 

あなたは非常に頑固です。強く意志を持つのです。一度自分の中で感じた疑問や抵抗、決意や答えは消えることはないのです。

 

あなたの空想の世界こそが、あなたが自分に集中することではありませんか?

 

しかし、あなたが周りのことについて考えることを周りに囚われていると感じ続ければ、それは魂の作業とはなりません。

 

あなたの空想の題材とは、あなたが綴りたいことであるはずです。あなたが表現したいことは自分のことではありません。自分が周りと共有している感情であり、自分が周りとの関わりにおいて見つけた何かなのです。他者を見て湧き上がる感情、他者との関わりの中で感じる人間の真理についてです。

 

自分の事に集中するのは、家事をしていても、畑仕事をしていても出来ることです。他者に囚われていても出来ることです。自分の集中すべきこととは、かしこまって、誰からも価値のあるように見える自分の新しく見つけた作業ではないのです。

 

あなたが今感じている自分のすべきことそのものは、あなたにとって没頭したい作業ではなく、魅力のないものだと結論めいたものが出たのでしょう。

 

そして、あなたが価値を置き、あなたが楽しく没頭するものは、周りのことについて考察することであり、周りへ投げかけたい自分の想いに気付くことであり、自分が感じることへのもっともっと深い考察であり洞察なのです。

 

その作業を極めたいと思ってはいませんか?あなたの魂が、そのことについてもっと感じて考えたいと思っているのではありませんか?

 

ただ、その作業を、あなたが未だも囚われの感情を捨てきれないと思い込んでいるだけなのです。あなたは今、自分の想いを表現する準備をしているのです。今の状況を整っていると感じることは出来ませんか?

 

あなたが周りとの関わりにおいて様々な想いが湧き上がる。そのことにあなたが全エネルギーを注ぎ考え抜く。それは、他者のことを考えていたとしても、あなたがあなたの作業に没頭し、全集中していると言えるでしょう。題材は、これまで人と関わってきた過去の記憶でも構わないのです。

 

あなたの頑固さがこの答えを導き、そして、この一連の作業をマイナスとも感じさせるのです。一度そう思ったことは梃子でも変えようとはしない、あなたの頑固さです。

 

この頑固さが、自分がしたいことや自分がしなくてはならないと思うことのために、家族への愛情あふれる表現を端折らせてもいます。それは、そのようなものがなくても家族は自分の愛や信頼を知ってくれていると頑なに感じているからでしょう。

 

あなたの魂は、自分のために生きること=他者の代わりにその苦しみやジレンマを飲み込み咀嚼すること、としようとしているのです。

 

自分のために生きることを考え選択しようとする際に感じる罪悪感と不実さが、あなたをその作業に肯定的に移ることを許さないようです。自分のため、自分のこと、その言葉が受け付けない。その想いこみは実に頑固です。人の意見を求めつつ、あなたは頑固に自分のやり方を通すのです。それが、あなたなのです。

 

そんなあなたは、自分がひとたび周りに近づき愛を渡そうとすると、またそのバランスを崩して自分を責め、周りを責め、世に惑わされるのです。

近くの人たちに直接関わり合う必要はありません。そこから得られるものに真実はないとあれほど経験したではありませんか。

 

今のあなたが選んだ周りとの関わり方とは、自分対大勢の知らない誰かなのです。

 

あなたの周りへの疑問、世の中への疑問を止められない。それはあなたが自分を表現する題材となるものだからです。それを使ってあなたは自分の内側にある、尽くし理解してほしい愛のエネルギーを整えてゆくのです。

 

あなたがこれから努力しなくてはならないことは、自分が何をしていても淋しいと感じてしまい、自分が必要とされていないと感じてしまう気持ちを、自分で満たしてゆくことです。

 

あなたの愛は本物です。しかし、あなたは周りに自分の愛を解って欲しいと思い続けるのです。必要とされているか解らなければ、あなたは自分をとても小さな存在だと思い、価値がないと思い、必要とされないと感じ、やるべきことを何一つできていないと感じるのです。

 

しかし、それを他者から表現してもらおうとするのは、甘えです。相手への攻撃ともとれます。頑固で甘えん坊なんて非常にたちが悪い。修正しましょう。この甘えは努力なくして修正出来ません。

 

あなたは、本来の強さを発揮させて自分の愛を渡し続けなくてはならないのです。そんなあなたに必要なことが、自分で自分を満たすことだと気付いてください。

 

あなたは自分の想いをこれから表現します。そこには、誰からも反応がないように見えるでしょう。しかし、あなたの努力で、自分の想いや表現したものに繋がっている、わずかな存在のわずかな想いを感じとり、相手の想いをくみ取り、自分が誰へとも決めず投げかけ与えた愛を求め、受け止めてくれた相手に想いを馳せ、自分を生かせたと思えるようにならなくてはならないのです。それは孤独な作業ですが、達成できれば誰からの賞賛よりも嬉しく心強く、あなたの生きる糧となり支えとなるでしょう。

 

自分のために生きるとは、自分の発したあらゆるものの価値を信じ、見えないところから自分に流れ込んでいる愛に気付き、目には見えないところへ自分が愛を渡していることを感じ続け、価値ある一日を過ごしていると感じ続けることなのです。

 

椋木和美

 

 

  • 2015年01月10日 17:10 / Comment(2)

コメントありがとうございます

tae

和美様

私のようなものを
皆様にご紹介してくださり
お時間を費やし、ブログの記事として
書いてくださって誠に有難うございます♡

和美様の文章を読み始めると
まるで私に魔法の呪文をかけてくださるかのように
大粒の涙がでてきてとまらないのですっ。

>前世の経験で彼女は、自分の想いを訴えることを許されない人たちをサポートしてきた
>ゆえに、想いを表に立って伝えることの怖さと

この一文は、自分でも小さい頃からどんな時でも感じていたことでした。
特に「真実は伝えてはならない」と・・。
今、私は強く思います。
自分で自分に禁じていることを、自分で見つけ出し、
その禁じていることを解放して、この世を生きていかなくてはいけないということを・・。

自分の心の中にそびえたつ「恐れ山」は
もはや崩れ初めているのを感じて私は嬉しい限りです。

(もちろん「恐れ山」とは日本に存在している有名な山ではなく
自分が外の世界に感じる恐れが積みあがってできた感情の山のことです。)

そんな山の頂上に一雫(愛?光?)を
かけて頂き誠に有難うございます♡

遠い異国の地で
お互い今年も努めて生きて参りましょう!

どうぞ
今年もよろしくお願い申し上げます。

  • 2015年01月12日 02:17:12

Kazumi

taeさま

こちらこそ、ありがとうございます。
taeさまはご自身の存在の大きさを今から肯定されてゆかれることと思います。その魂の歴史的瞬間に関われることに感動です!

こちらこそ、どうぞ今年もお導きいただきますよう、よろしくお願いいたします。

  • 2015年01月12日 22:37:48

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