霊視が当たるとき・・・

小林正観エピソード⑲~霊感のこと~の記事にピーパーさんがコメントくださいました。
ありがとうございます!

私に関わると、投げかけますぷっでは、このコメントを分析します(笑)


(ここから続き)

私は高校時代、一年間だけ「崇教真光」という宗教に入っていましたが、教えに限界があると感じ、辞めた過去があります。この宗教、一度入るとうまくマインドコントロールされてしまうため、辞める人は滅多にいないのですが、私の場合、この宗教に入る直前に「算命学」との出会いがあったため、なんとか「辞める」という決意をする事が出来ました(真光と算命学では、人間の運命に対する考え方が全く違うのです。どちからかが間違っている訳ですが、私は算命学が正しいと判断致しました)。今の時代はインターネットがあるため、真光のおかしな点はネットで検索すればすぐ出てくるため、マインドコントロールが解けやすい時代と言えますが、当時(2000年頃)はまだインターネットがそれほど普及していなかったため、かなりの葛藤の末辞めた事を覚えています。

しかしこの真光、信者は皆「手かざし」という行為を行うのですが、この効果だけはどうしても否定出来ませんでした(手かざしをすると病気が治るとか…)。真光の教えはおかしい点があるのですが、手かざしの効果だけは事実だったんです(後にインターネットで、「手かざしとは、別に真光の信者にならなくたって、どの人間にも生まれつき備わっている能力である」という事実を知り、納得出来たのですが…)。

実は私、真光の道場(キリスト教で言う教会みたいなもの?)に、私の算命学の師匠(故人)を連れていった事があるんです(笑)まぁ私がこの人を勧誘しに自宅に行ったら、ちょうど病気療養中で、信者が何人か「私もその人に会いに行こうかしら」となり、みんなで寄って集ってこの算命学の師匠を勧誘したんですが(笑)この人も、真光の教えにはいろいろ違うと思う所があったようですが、手かざしの効果だけは否定しませんでした。

実はこの人、霊感があり、私の心の中の「普通では絶対にわからない事」を見事に見抜いた事があったため、本物だと思います。その人が道場内で、信者同士が手かざし(一人の人がもう一人の人の額に向けて手かざしをする「お額」という行為)をやっている光景を見て「先祖霊が浮かび上がっている」のが見えたそうです。つまり人間がこの手かざし(お額)をやると、先祖霊が盛んに動いて導いてくれるのだそうです。

しかししばらく経って、私もその人も真光の事は「ちょっとおかしい宗教」と判断し、その人は結局入信せず、私は辞めました。

今回の和美さんの記事を読んで、「ああー…なるほど……あの時先祖霊が浮かび上がっていたと言っていたのは、手かざしをする事によって守護霊が相談し合っていたのか」と、今になってわかる事が出来ました。

やはり「手かざし」には、霊的ななんらかの効果があるという事なんでしょうね……しかし高橋信次さんによれば、「守護霊の導きを得られるかどうかは、本人の心の持ち方にかかっている」らしいので、別に手かざしに頼らなくたっていいとも言えますよね…手かざしをしなければ守護霊が導いてくれないんだったら、守護霊がいる意味なんてないですよね

 

若くして面白い経験をされていますよね。

実は、一度ピーパーさんにお願いしまして、私の霊視と、ピーパーさんの算命学の鑑定を交換したことがあるのです。とても興味深い内容でした♪この経緯がありますので、ピーパーさんには非常に多くのものを感じ取るのですが、このコメントでも、色々感じるところがあり記事にさせてもらいました。ピーパーさん、勝手にやってますが、ごめんなさい苦笑い

私がまるかんと関わり、大宇宙エネルギー療法をしてきて感じ続けていたこと。それは、私にとってこの療法は、”私を守ってくれている存在が私自身に目に見えない世界を見せよう、感じさせようとしている”ということです。それを感じてくると、周りが信じてくれようが信じてくれまいが、どうでも良くなります。

だから、ピーパーさんにとってこれは何を意味するか?
ピーパーさんの算命学の師匠がたまたま霊感があり、ピーパーさんの「普通では絶対にわからない事」を見事に見抜いた事は、あなたを守っている存在が、これ【算命学】を信じなさい、そして、不思議な世界、私たち(ご先祖様)の存在を信じなさいというメッセージだと私は思うのです。師匠が本物だとか、そんなこと案外どうでも良いことだと私は思うのです。

それは、何故起きるか??

それは、私が、目に見えない世界の事を知ることで自分のカルマを解消したり、本当の幸せ、真の悟りを得られる、だから私の魂がこれを求めている。

それと同じように、
ピーパーさんが、算命学を信じ、行う過程で、自分のカルマを解消し、本当の幸せ、真の悟りを得られる、ということだと感じるのです。

だから、私は、ピーパーさんに算命学を仕事としてお勧めするのです。

だれかにとって、不思議な事が起きると言う事は、それを導いてくれた人をすごいと思うのではなく、それを信じて行った先に、あなた自身の自己浄化が隠させている。ということではないでしょうか?

私が霊視のお仕事をしていても、やたら、”当て”に入るケースがあります。

それは必ずといっていいほど、役目に向かわせたい場合です。
私が知らないと思っていることをわりと具体的に当てると相手はそれにハッと驚きます。そうすると、出ているメッセージの信憑性も高まり、信じさせることが出来ます。

それほど、守護霊さまがその人を大きく動かしたいからなのです。

で、逆に当てに入らない場合は、自分は(見当はずれに)すごい事を言ってもらえるんじゃないかしら!?
と変な期待をしている方。そして、ただ当たった事だけに騒ぎ、動こうとしない方。この場合は、ことごとく、当てに入りません(当てようとしません)。

それは、相手に真のメッセージを受け取る準備が出来ていないことを意味します。

ピーパーさん、私はけっこう無茶言ってます?すぐじゃなくっていいんですが・・・。
そのうち、私のHPに”ピーパーの算命学コーナー”が出来たりして・・・えへへ

  • 2012年06月22日 00:34 / Comment(9)

コメントありがとうございます

スカイブルー

わお。和美さんの情熱を感じる記事ですね。

うちの母が昔、算命学の本を持っていました。
とても当たるので子供は見てはいけない!!と言われてました。
成人してから見せてもらったのですが、
あまりの的中率に恐ろしくなったのを覚えています。

ピーパーさんにはお会いしたこともなく、
わたしには霊感はありませんが、

とても誠実でまっすぐ、努力家な方だと
感じています。

知識や能力も必要かもしれませんが、

何事もそれ以前に人柄のような気がしてます。

応援してます~[ハート]

  • 2012年06月22日 01:22:00

ピーパー

コメントありがとうございます…。どうコメントを返していいのか迷いますが、嬉しいですね[笑い][ありがとう2]

まぁ私が算命学と出会ったのは、1999年の7月(高校1年)の時でした。その時私は2年前から精神不安定(ノイローゼ?)で悩んでいました。原因は「肩から後頭部にかけて慢性的な鈍痛が襲うようになり、それが引き金で精神的に妙な強迫観念に襲われるようになり、考えたくもないような嫌な事をどうしても考えてしまうという負のスパイラルに陥ってしまうというものでした。どうしたらこれから切り抜けられるのかと悩みに悩んで、精神科とかにも通ったりしたのですが、全く良くならなかったため、「こうなったらタウンページ内にある占いの欄に頼ってみるか」と思い、自宅から自転車で20分くらいの距離の所に占いの鑑定所があるという情報をタウンページで見つけたのがきっかけです(その一個前に、電車で行く距離の所に霊視鑑定をしている所があると知り、伺いましたが、そこはハズレでした[苦笑い]当たってるような当たってないようなぼんやりした内容で、あまり人生の参考にはなりませんでした。まぁ一言だけとても心に残る事を言われましたが…)。

まぁ私がこの算命学鑑定所を訪れていなかったら、今の私はどうなっていたのだろうと思うほどの、強烈な運命的な出会いでした。まず「私の親はどういう人か」を言い当て、次に「私の性格」を言い当て、次に「私の過去」を言い当て、次に「私の未来」をおおまかに予言しました。未来について言われた事が「君は20歳くらいになった時、心の中に寂しさが全面に出てくる。下手したらそれがきっかけで非行に走るかもしれない。だが、その時こそが、君が人間的に成長する時だ」←まぁこの鑑定を受けた一年後、心に深い傷を負い、その傷がどのカウンセリング所に行っても癒されなかったため、19歳の時に「死ぬ」事を考えました。その後よくわからない事があり、心の傷が引っ込んで、癒されたのか癒されてないのかよくわからない状態になり現在に至るのですが……。

まぁあまりに当てるので、自分の友人の生年月日を持って再びその人を訪ねると、会った事もない人の事(性格、家庭の事情等…)を次から次へと当てるんです。じゃあこれって「その人と同じ生年月日の人はどうなのか?」という疑問が生じますが、おそらく「その生年月日の人の中で、私に縁が出来た人」というフィルターを通して(半分霊感を使って)鑑定しているんだと思います。

しかし、その時点では、私は「算命学を学ぼう」とは全く思ってませんでした。また何かあったらこの人を訪ねようくらいにしか思ってませんでした。

  • 2012年06月22日 09:53:00

ピーパー

しかしその出会いから二ヶ月後の9月に「崇教真光」との出会いがありました。まぁ中学時代の友人が誘ってきたのですが、手かざしの効果を見せつけられ「これはなんだ!?」と思い、急激なスピードでハマって行ったんです。

そこで宗教的な教えに触れる内に「人間の精神性の向上」というものに興味を持ったんです。「人間がこの世に生きる意味とは、人格を向上させる事なのではないか」と……。

しかし、やればやるほど、どうも自分の精神状態がおかしくなって行く事に気づきました…「俺ってこんなに自意識過剰で人を見下す人間だったっけ?最近俺、嫌なヤツになってるな…でも真光の事を信じてるし…おかしいな…」と思っていたのですが、でも真光の事は信じていました。

そんな中、あれは2000年4月でしたね…再びこの算命学の師匠の元に訪れたのです。今度は鑑定してもらうのではなく「宗教の勧誘で」(笑)

私:「最近僕、こういう宗教入ったんですよ」師匠の妻「あーあの手かざしやるっていう宗教でしょ??私も今から50年前くらい入ってた事あるのよ。すぐ辞めたけどね」私:「…えっ…今から50年前って、まだこの宗教立教してませんが…」師匠の妻:「あの宗教の名前は確か、"世界救世教"だったはず」師匠:「確かその手かざしをやる宗教っていうのは、"大本教"っていう宗教が大元なんだよ」私:「世界救世教??大本教??なんですかそれ??」

まぁそういう話をしている内に、精神論とか人格論の話になり、師匠は言いました。「人間っていうのはなんかあるとすぐに天狗になるだろ??だから人間っていうのは馬鹿な生き物なんだよ」

いろいろ話している内に、「明らかに真光の言ってる事よりこの人の言っている事の方が正しい」と思いました。

そこで葛藤が生まれました。「真光よりもこの人の言っている事の方が正しい……しかし真光の手かざしの効果は否定出来ない。自分は一体どっちを信じればいいのだろう…」と……。

その結果、私はその人を選びました。真光を辞め、その人に従う事を選びました。

しかしそれでもまだ、私は「算命学を学ぼう」とは思っていなかったんですが、なんとなくその人の家に雑談をしに行く内に、段々と「算命学を、学んでみようかな…??学べば、なんらかの悟りを得られるのかもしれない」という気持ちになって行ったんです。

そしたらその人は「ぜひ学べ!!」と強く言いました。今算命学を学んでいる人は、ほとんどの人が本格的に極めようとは思ってない人ばかりだが、と……学ぶなら「算命学総本校高尾学館」が良い、と…。

それで2001年4月より、高尾学館で算命学を学ぶ事になったのですが、その半年後にその人は亡くなりました…。

まぁいろいろあったのですが、今私が忌み嫌っている「崇教真光」ですが、ある意味、この宗教に一時期入っていたからこそ、人間の精神というものに興味を持ち、「勧誘をしよう」と、鑑定してもらう目的以外でその人と雑談するという機会を得、その人の元を何度も訪れる内に次第に算命学を学ぼうという気持ちになっていって、結果今があるわけですから、全て繋がってると言えるんですよね……。

  • 2012年06月22日 09:57:00

ピーパー

算命学の言葉の中にこういうものがあります。「無駄な運命というものは実は一切ない。ある程度年齢を重ねてみて、過去を振り返ると気づくはずです。「自分の今までの人生、一切無駄がなかった」と…。

……で…、その後実はずっと頭の鈍痛は治せず、12年が経過したんですが、最近かなり治りました。世界が違って見えます。実は、この私のノイローゼ?を完全に治してくれたのは、ここでも話題になっている「小林正観さん」に他ならないんです…。2009年に、会社の異動でたまたま出会った上司が、正観さんのファンで、「君は算命学という占いを学んでいると言ったね。こういう本があるよ。この本(22世紀への伝言)の208ページを見てごらん。算命学という言葉が出ている」と私に紹介してくれたんです。

算命学の事はほんの一言しか触れていなかったものの、本の内容の素晴らしさにあっという間に虜になりました。

それで次々と本を読み進めていく内に「体に暗示をかけて病気を治す方法」という項目に出会いました。

最初は試すのが嫌でした……もしこれで効果がなかったら、正観さんは嘘つきになってしまう…しかし、とりあえずやってみようと思ったんです。

……で、やってみたら「なんと効果があったんです」……。

……だから、私はある意味正観さんがどんなにやましい行為をしようと、「書いた本」の価値は、どうしても否定する事は出来ないんです…。何故なら正観さんは僕にとって「命の恩人」と言っても過言ではないからです……だからこそ、今回の事件は残念で仕方ないのですが…。

まぁいろいろ書きましたが、こんな感じですかね……でも一つ注意して頂きたいのはここで私が「算命学は素晴らしい」と言ったからと言って「じゃあ自分もお金を払って誰かに鑑定してもらおうかな」とは思って頂きたくないのです…。算命学は「極めれば」本当にその人の全てを見れると言っても過言ではないですが、逆に言えば「中途半端な鑑定技術の人に見てもらうと、逆に自分の人生を混迷させられる可能性があり、かつ「算命学」ってこんなもんなの??くだらないわぁ…」という残念感に襲われる可能性が極めて高いからです…

また「生年月日で占う」と言っても、「実は人間の生年月日というのは、地球とか宇宙の都合上、前後の日にずらして占わなければならない」可能性がかなり高いため、「自分の生年月日が絶対ではない」という事を考慮しなければなりません…。事実私も和美さんを鑑定した際、生年月日を一日前にずらして鑑定しました。そういう事があるため、あまりみなさんには算命学に興味を持って頂きたくない面があるのです…(矛盾してますが…)。いや「本当に腕のある人物」がいたなら、その人を紹介すればいいだけの話なんですが、今現在そういう人物は残念ながらいません…。

私も、算命学の勉強に費やした時間は、おそらく数百~もしかしたら2千時間くらいに達しますが、それでも全然、ホントのホントに人の運命を占う事なんて出来ないんです…悔しいですけど…。

  • 2012年06月22日 10:01:00

ピーパー

まぁ諦めませんけどね……あの師匠や、算命学宗家の高尾義政氏のように「その人の性格、家族関係、過去どういう事があったか、未来どういう事があるのか。その改良方法は」と的確に言い当てられるようになるまでは私は算命学を仕事にする事は出来ません……。悔しいですが…今は努力しかありません…。

P.S.こないだAKBの選抜総選挙がありましたが、高橋みなみの言葉が強く胸に響きました…「私は去年、努力は必ず報われると言いました。しかしある人は努力は報われないと言いました。確かにそうかもしれない。全ては報われないかもしれない。運も必要かもしれない。…でも、努力しなければ、始まりません」←メッチャずしんと心に響く言葉でした。この言葉を胸に、頑張って行きたいと思います…。

  • 2012年06月22日 10:08:00

スカイブルー

ピーパーさん、
その謙虚さや思慮深さ、
繊細な感受性

人の人生に携わる方が一番兼ね備えていてほしい個性です。

そういう方にしか人を導くことはできないと私は思います。

病気が治ったのも
正観さんがきっかけだったのかもしれませんが、

ピーパーさん自身の力だったのかもしれないですね。

実はわたしにも似た経験があるんです。
そのとき和美さんに
本来の自分がもっているものを信じる力をいただきました。

最初から、これでよかった!!
このままでよかったんだって。

和美さんとのコラボ、楽しみにしています。

  • 2012年06月22日 12:44:00

kazumi

ほんとに、わたしがおばあちゃんにならないうちにして欲しいわ[ハート]

  • 2012年06月22日 13:12:00

松田優作

私が守護霊様や霊的なものの存在を信じるようになったのは去年からです。

実は去年3月初めに、通勤途中に転倒して頭を強く打ち、頭蓋骨骨折、脳挫傷で約1ヶ月入院しました。奇跡的に幸い、後遺症もなく退院し現在に至るのですが

もう一ミリでも、脳の怪我の位置が違ってたら、多分、今ごろあの世にいます。

事故の瞬間に、何か目に見えないようなものが、大丈夫、命は助かるぞーと耳元でささやいていた気がするのです。(本当です)

この目に見えないモノに私は、助けられたのです。

この目に見えないモノが守護霊様であったような(笑)

私は霊感がないのですが、この事故の際に、でてきた目に見えない守護霊さんのようなものは、いったい何だったのか、今でも不思議に思ってます。

和美さんに、実は、この件をお聞きしたかったのであります。

私ごとで申しわけございません。

  • 2012年06月22日 18:49:00

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  • 2016年06月06日 12:26:17

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